私の愛するバンド『Something ELse』は今、
”次のシングルが初登場20位以内に入らないとバンドは解散!”
”音楽業界から足を洗わなければいけない”

以上の厳しい条件をクリアするために合宿中。
そんな彼らをバックアップする意味で作られたこのページです。


祝!Something ELse オリコン初登場 第2位!
このページも、ついに最終回となりました。

このページは、東芝EMI(株)など、関係各位に協力を頂いております。


1999年1月20日 号外! 新着情報はこちらをご覧下さい。


  

1)Something ELse オフィシャルリンク集
2)Something ELse 関連リンク集
3)12月に向けてのプロジェクト
4)とにかく『雷波少年』を見よう
5)Somrthing ELse Profile
6)私と『Something ELse』

この他、随時追加していきます。


1)Something ELse オフィシャルリンク集

Something ELse Home Page
Something ELseのオフィシャルサイト。『雷波少年』を見忘れた人はここで内容をチェックしよう。

2)Something ELse 関連リンク集

ゆういちさんの音楽研究所    
ゆういちさんのジャパニーズポップス、ロック応援ページ。その中にサムエル応援コーナーがあります。
サムシングエルスのChance!  さむえる
marcoさんのサムエル応援ページ。特にストリートライヴの事については写真入りで詳しく紹介されています。
サムシングエルス 応援ページ
pinguさんのサムエル応援ページ。新たなサムエルファンの交流の場として活用しよう。

3)12月に向けてのプロジェクト

12月のリリースに向けて我々は行動を起こさなければならない。しかし、慌ててはダメ!あえて段階を踏んだプロジェクトを実行する

Project No.2 大リクエスト作戦  遂行開始(11月3日〜)

Project No.1 雷波少年視聴勧誘作戦  遂行中(9月29日〜)

詳しい展開方法は、こちら・・・

活動報告は掲示板に・・・


4)とにかく『雷波少年』を見よう

伊藤君のホームページでさえも近況が分からない今は、とにかく日本テレビ『雷波少年』を見るしかない。毎週日曜日午前10:55〜11:25(一部地域を除く)とにかく欠かさず見よう!

5)Somrthing ELse Profile

◆MEMBER◆
NAME PART BIRTH BLOOD
大久保伸隆 Lead Vocal,Guitar 1974年9月24日 B
伊藤大介 Vocal,Guitar,Keyboard 1974年7月25日 B
今井千尋 Vocal,Guitar,Bass,Keyboard 1974年8月28日 AB
◆HISTRY◆
高校の同級生だった伊藤大介と大久保伸隆が学校の文化祭をきっかけにデュオグループを結成。ライブハウスでの活動とともに、地元千葉県柏駅でストリートライブを始める。そんな中、別のバンド活動をしてきた今井千尋が、2人のストリートライブを偶然見かけ、意気投合し“EXIT LINE”を結成。その後の活動が関係者の目にとまり、デビューのきっかけになる。バンド名も”Something ELse"に改名。そして、1996年10月23日、『悲しきノンフィクション』で待望のメジャーデビュー。
◆DISCOGRAPHY◆
1996年10月23日 デビューシングル 『悲しきノンフィクション』 (TODT-3834)
1997年 3月12日 セカンドシングル 『days go by』 (TODT-3898)
1997年10月 8日 サードシングル 『風と行きたかった』 (TODT-5008)
1998年 2月 6日 4thシングル 『反省のうた』 (TODT-5104)
1998年 3月 6日 ファーストアルバム 『TRIPLE PLAY』 (TOCT-10192)
1998年 6月17日 5thシングル 『レコード』 (TODT-5147)
※ファーストアルバム『TRIPLE PLAY』のジャケット”SPECIAL THANKS”欄には、私の名前が・・・

6)私と『Something ELse』

◆出会い◆
私と『Something ELse』が出会ったのは1996年11月。まだデビューしたての彼らが『今度、デビューしました新人です』と挨拶に来たのが最初だった。当時、私は名古屋の中部日本放送(株)でラジオの音楽番組を担当。プロモーションに訪れる数多くのアーティストと接していた。その中で、『お忙しい所すみません。何曲か歌いたいんですが、スタジオをお借り出来ますか?』という丁寧な接し方に好感を持ったものだった。その時の情景は今でもハッキリと覚えている。歌を生で・・・という型破りなプロモーションも非常に印象的だった。しかも、『どうぞ、こちらにお座り下さい』と、私が座る椅子を用意してくれたのも彼ら3人だった。5〜6曲だっただろうか・・・感想を述べた後に時間があるとの事で喫茶店へ・・・音楽談義、それぞれの好きなアーティストの話で盛り上がり、すっかり意気投合、次回の再会を誓ったのだった。それから番組やライヴで顔を合わせること数十回。仕事仲間から友達へと絆が深まったのだった
◆古家学くんとのストリートライブ◆
『Something ELse』と同じ1996年10月にデビューした古家学くん。彼もサムエル同様仕事で知り合った友達だが、彼とはサムエルと知り合う以前からの付き合いだった。私が古家くんと親しいという話をすると、『どんな人なんですか?』『オーディションでよく一緒になったんだけど、1度話をしてみたい』と彼ら・・・しかも、彼の曲をオーディションの際に盗み録りしてコピーしていた話も!・・・そんな話題をきっかけに、私の発案で『古家学くんとの対面と一緒にストリートライヴをやろう』という企画が持ちあがったのだった。思えば、古家くんもストリート出身。それに同い年、しかも大久保くんとは誕生日が全く一緒だったのだ。かくして、1997年1月、渋谷のモヤイ像前で番組ロケが行われた。
◆東京支社に転勤!送別会に彼らも出席!◆
それは、1997年の7月の事だった。その時私は、名古屋から東京支社への人事異動が発令。同時に各レコード会社の名古屋営業所主催による送別会が開かれた。しかし、サムエルが所属する東芝EMIは、コンサートなどで欠席。後日、東芝EMI主催で改めて送別会を開いて頂いたのだった。偶然にもサムエルも当日名古屋入りしており、サムエルメンバーも参加。そして、なんと2次会では、今井くんのピアノ弾き語りで即興による『牛嶋さんを送る歌』が披露されたのだった。『牛嶋さぁ〜ん、東京に行っても〜僕らのことを〜よろしく〜』というような怪しげでもあり、暖かい歌には思わず涙が・・・

『Something ELse』に抱きしめられる(?)私(中央)
一番右は同僚の大石アナ(CBC)


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