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<8月31日(月)>  以心伝心

TOKYO FM(半蔵門)のJFNスタジオに遊びに行って来た。今日月曜日はJFN系列で放送している『infixのナントカスルメディア』生放送の日で、番組のパーソナリティで親友でもあるロックバンド『infix』のヴォーカル長友仍世さんに会うためだ。彼とは2ケ月ぶりになるが、突然の訪問に『いやあ、牛嶋君何してるのか?と今日の朝家出る前にふと思ったんだ。いやあ、これって以心伝心って言うんだろうな・・・(笑)』思えば彼とは今まで数え切れないぐらい一緒に仕事をしてきた。その度にお互い刺激を受け、応援し合ってきたような気がする。アナウンサーとミュージシャン、職業は違えども表現する立場は同じ。そして何よりも大事な仲間だ。以心伝心といえば大袈裟かもしれないが、考えれば考えるほどそんな気になってきた。

<8月30日(日)> あの3Bの生徒は今?

『3年B組金八先生』のビデオを見た。今から17年くらい前のドラマで、再放送したものを全て録画したものだが、何回見ても面白い。そう言えば当時の3Bの生徒に仕事で会った事がある。PART1で○○君を演じた△△さんだったが、『△△さん、金八先生に出てませんでしたか?』『ええ、出てました・・・』確認された瞬間、思わず抱きしめたくなるぐらい嬉しかった。○○君は、ある演歌歌手のマネージャーをしていたが、(一部の有名タレントを除いて)あとのみんなはいったい何をしているのだろう。

<8月29日(土)>  地震

今日の朝、地震があった。OFFだった事もあり熟睡していたが、思わず飛び起きてしまった。震度3だったが家がこんなに揺れるなんて・・・と、改めて地震の怖さを感じた。地震といえば私はあの阪神大震災の取材に行った経験がある。倒壊した家などは誰でも目にした事かと思うが、現地で被災者の声を聞いて・・・また必死に生きている姿を間近で見て・・・なんとも言えないあの光景が蘇ってきてしまった。じゃあ、今起こったらどうなるか?ジャーナリストとして、また1人の人間として何が出来るか・・・起きてからこんな事を思うなんて遅いが、改めて自分を戒めた。

<8月28日(金)>  絆

某広告代理店のY氏と会食。仕事を1度もしていない人と仲良くなるケースが多いことは以前にも書いたが、実はY氏もそのひとり。しかも今から飲みに行きませんか?と突然誘ったのにもかかわらず応じてくれて嬉しかった。それに会えば会うほど絆が強くなるから不思議だ。おそらく仕事をしてない分、『仕事上のタテマエ』で話をする事がないからだろう。そういう意味では自分を思いきってさらけ出せる。そんな人がいるのは非常に幸せな事であると思う。Yさん、ありがとう。それから、もうすぐ子供が生まれるんだから飲んでばかりいないでちゃんと家に帰って奥さん孝行してね。あっ、誘った私が悪いのか・・・・

<8月27日(木)>  自称22歳

『東京アナウンスアカデミー』というアナウンサーを養成する専門学校がある。私も大学時代に通ったのだが、今日は私の師匠であるW先生と馴染みの焼き鳥屋さんに飲みに行った。現在、先生が教えている某大学の女生徒2人も同席。そこで女生徒2人に私は恐るべき質問をされた。
『今、3年生ですか?』
『どっひゃー!』と、思わず反応を示してしまったが、2人の生徒は私を大学3年で来年アナウンサー試験を受ける身でいると思っていたらしい。年齢とキャリアを告げると2人はびっくり。『大学生で通じますよ』のありがたい(?)言葉を頂いた。よって今日から初対面の人に年齢を聞かれたら『22歳』と言う事にした。

<8月26日(水)>  夏休みとは・・・

『夏休みも残りわずか・・・』と言うが、実は私が生まれ育った東北ではもう2学期が始まっている。冬は寒くて雪が降る事もあり、”冬休みを長くして夏休みを短くする”というスタイルなのだ。夏休みとは毎日スケジュールを自分で決めて宿題、自由研究、遊びなどで効率良く過ごす事・・・それも大切だが、何よりも自分の好きなモノ(事)を見つけ熱中する大事な時期ではないかと思う。夏休みは普段学校に通っているのと違って時間に余裕があり、その分普段出来ない事も出来る。そんな時間を使わない手はない。その間に好きになったものに普段にも増して熱中すれば人間の幅が広がるという訳だ。そう言えば最近は『何が好き?』と聞かれても答えられない若者が多いという。そんな人はただボーッと過ごしていたに他ならない。もしそうならば余りにも不幸だ。

<8月25日(火)>  大事な人たち

今日も100人近くの人に私のHPを見ていただいた。本当にありがたいもので、見知らぬ人からもメールが届き始めた。そういえばパソコン通信が流行り出した頃に、パソコン通信で知り合った仲間同士でパーティーをしているという取材をしたことがあった。そんな見知らぬ人と簡単に会おうと思うものなのか?と感じたが、自分もHPをオープンさせて見知らぬ人からメールが来たりすると『どんな人なんだろう』と、今更ながらその人に会いたいという気持ちになってしまった。それでも会う機会は中々ないだろうが、そういう人をこれからも大事にしたいと思う。個別に返事を送らせて頂いてますが、本当にみなさんありがとうございます。

<8月24日(月)>  パソコンは選挙と同じだ 

検索サイトに登録してから私のページにアクセスしてくれる人が増えた。改めてパソコンとインターネットが普及している現実に驚いているが、そう言えばある商事会社がペーパーレス時代を反映して給料明細がパソコン閲覧になるという。新聞には『機械の苦手なおじさんは給料明細が見られない?』と書かれていたが、実は若者にもパソコンを使えない人が多いのだ。それに世界を相手にしても日本はまだまだ遅れている。でも、その理由は使いこなせる若者が全体的に少ない事があげれるのではないかと思う。選挙じゃないが若者のパソコンへの参加が世界に近づく1歩となる(?)

<8月23日(日)>  カッコいい辰吉になれ!

WBC世界バンタム級王者、辰吉丈一郎選手の防衛戦をテレビ観戦。6回負傷判定で辰吉選手の勝ちとなったが、試合終了のゴングと同時に辰吉選手は号泣。私は辰吉選手が好きで十分夢と感動を与えてもらったが、思えば辰吉選手はスター性と存在感はあるものの王者となってからはTKO勝ちこそあるものの『圧倒的に勝った』といえる試合がない。その点を辰吉選手も感じているのだろう。また、王者は圧倒的に勝ってこそ王者である!と・・・ファン想いの辰吉ならではのリング上での謝罪もあったが、私はハッキリ言って泣くのも謝罪もして欲しくなかった。人間味があっていいという意見もあるだろうが、私はカッコいい辰吉・・・カッコいい王者の姿を見たい。彼にはその姿の方が似合う。

<8月22日(土)>  人との出会い

とあるアーティストのマネージャーM女史と一緒に食事した。実は、彼女と今まで顔を合わせる事はあっても、ほとんど一緒に仕事をしたことがなかった。しかし、こういうケースで友達になる事が私は意外に多いのだ。ふだんから一緒に仕事をしている人だといつでも食事に行けるというある種の保険のようなものがある。逆に言えば食事に行くまでもなくコミュニケーションを取れているという事なのだろう。それを考えると人との付き合いとは面白いものである。先日も私が高校時代に読んだ本の作者と知り合い、自宅にお邪魔したり・・・このように人と出会い、仲良くなるとまたひとつ人生の楽しさを知る。

<8月21日(金)>  感動のドラマ

横浜対明徳義塾の試合を見た。0−6から横浜がひっくり返すという劇的であり感動的な試合だった。これについては、今日オープンした『夢★勝ちます』のコーナーで詳しく書いたのでご参照頂きたいが、それにしても、これだけドキドキして試合を見たのは久しぶりだ。昔、高校野球入門なる本を買った事があって明石中や報徳学園などの『名勝負集』が載っていたが、いずれもリアルタイムで見る事はなかった。でも、確実に今日の試合はこれから出る本に掲載されるだろう。リアルタイムで出来事に接する・・・・これを逃しては人生の損になる。これを実感した日でもあった。さあ、明日もテレビにかじりつきだ。

<8月20日(木)>  映画の鑑賞の仕方

2週間ぶりに映画を見に行った。週に3本見ていた私にとっては久しぶりという感じだったが、話題の『ゴジラ』を見てきた。周りの評判が芳しくない中、私なりに楽しかったと思う。しかし、1席おいて隣に座った外国人(フィリピン人かな?)が、上映中にしゃべるわ、リアクションが大げさだわ、子供は泣くわで、集中して見られなかったのが残念だ。注意しようかと思ったが、注意した後に『注意してしまった』というヘンな罪悪感(?)が生まれそうで止めた。でも、今にして思えば悔しい。それにしても、何で静かな映画館でしゃべったり、おかしをガリガリ音をたてて食べたりするのだろう。映画館ほど人に迷惑をかけてはいけない場所はないと思う。映画ファンとしては・・・勝手かな?
<8月19日(水)>  文字数が多い
ホームページをオープンして10日あまり。早くも100名のみなさんに見ていただいた。本当にありがたいもので、『見ましたよ』の報告がとても嬉しい。これでいいものか?と、毎日試行錯誤ですが、第一の問題は文字数の多さだと思う。自分で読んでも多いと思うぐらいだから読む人はもっと大変。この日記に関しても日記というよりはコラムかエッセイかという感じになっている。もっと1日の中で会った出来事を書けばいいのだが、まだまだこれも試行錯誤。とにかくこの日記だけは短くしようっと。よって今日はこれで終わりです。

<8月18日(火)>  99年の阪神の補強終わる

『野球道3EX』というパソコンのプロ野球ゲームがある。通常の野球ゲームとは違って実際に監督名を牛嶋俊明(31歳)と登録して自分の好きなプロ野球チームの采配を振るうというシミュレーションゲームだ。ゲーム上の監督になるという事で実際に選手を動かす必要はない。キャンプ地の決定、1軍入りのメンバーの決定。その他、選手のオーダー、試合中の指示を与えるだけというゲームだ。我がパソコンにWin98を導入したのに伴い98年のシーズンを改めてスタートさせたのだが、私が監督となった98年の阪神タイガースは、先ほど終了し見事に最下位だった。選手の能力がゲームに反映されているせいか全体的に弱くなっているので仕方がないと諦めたが、99年(来年)こそが私、牛嶋の腕の見せ所だ。98年は投手の起用法に自分自身反省しているし・・・実はこのゲームは最長20年楽しむ事が出来るので、その間にトレードや新人選手や外国人選手の獲得といったプロ野球さながらの動きが演出出来る。一応、5年以内の優勝を目指しているが98年のシーズンオフには次のようなトレード&新人選手の獲得を行った。@関川(中)と関本(神)のトレード。(基本的に相手チー ムに依頼して相手が応じなければトレードは成立しない。しかし、星野監督は関川を戻してくれました)A大豊の放出。島田直也(横)の獲得(横浜から『大豊を・・・』との依頼があり、換わりに島田直也を獲得)B三沢、小野(共に巨人)とクリーク、伊藤敦(共に阪神)の交換。(三沢と小野は私が巨人に入団した時に『なんでこの選手を獲らないんだ!』と思った選手。依頼したら、クリークと伊藤でいいとの事で迷わず交換)C新外国人のトム・ヨンウン、ボビー、アンディ、スパーキー(全部架空の人物)の獲得。(誰が使えるか未知数だが獲ったにこしたことはない)Dベテランの古溝、田村、片瀬、風岡、弓長らを解雇。新人として横村、梅田、猿渡、雨宮(全て架空の人物)を獲得して選手を育てる・・・・以上が改革案だが、これはハッキリ言っておくが自分で相手チームを操作(インチキ)などはしていない。キャンプ地を宮崎と決め(本当の阪神は高知)かくして99年の阪神タイガースのシーズンがスタートを切ったのだ。どうでしょうみなさん、阪神が優勝するか懸けますか?

<8月17日(月)>  名前

横浜高校のエース松坂大輔投手の大輔という名前の由来は、プロ野球解説者荒木大輔さんの早実時代の活躍を見た両親がつけた名前という。そんな子供がすくすくと育って同じ甲子園のマウンドに立ってるなんて・・・・ドラマだなあと感じる。そう言えば私には『幸代(さちよ)』という友達の女性がいる。親が十朱幸代さん好きでつけた名前らしいが、『ゆきよ』ではなく、十朱幸代さんの事を『さちよ』だと思っていたらしい。彼女もそんなミスを『しょうがない親でしょ?』なんて笑いとばしていたが、有名人の名前を付けるのにはとても勇気のいる事だと思う。子供が成長するにつれて有名人は有名人なだけにどうなっていくのか(失礼ながら落ちぶれる有名人もいる)テレビなどで知ることになるし『あの人の名前をもらったんだ』などと言われてデリケートな少年時代を過ごす事になる。とは言いながら私も私で、前田日明さんが好きだから『俊明』ではなく『日明』が良かったなんて言っているが、もしそうだったら正直言って『名前負けじゃないか!日明じゃなくて良かった・・・』と、感じたりする。でも、まだ見ぬ子供の事を心配しながらも、やはり有名人の名前を参考にしそうだ。それ だけ影響力、存在感のある有名人にはやっぱり脱帽だ。

<8月16日(日)>  阪神タイガースに物申す!

我が阪神タイガースがおかしい。今日も巨人に敗れ12連敗。ロッテが連敗して観客動員が増えたのを真似しているのか?まさかそんな事はないだろうが、ビールの美味しいこの季節にして最下位間違いなしというのは哀しいことだ。原因はどこにあるか?たくさんあると思うが、新庄、桧山の不振はもちろん、何よりも久慈、関川の放出、大豊の獲得といった、トレードの失敗が第一にあげられるだろう。私は既に予期していたが、甲子園という独特の浜風が吹く球場の中でライトにしか打てない左の大砲はいらない。かつてのバースや掛布は、レフト方向に打てたからこそ甲子園という球場で十二分に実力を発揮できたのだ。それに、久慈を放出したのは星野ら若手の台頭という理由だったが、星野の活躍は見られたか?不運なケガをしたとはいえ、久慈にとって変わる内野手がいるのか・・・・今岡ぐらいだろう。それに、関川ほどの打撃の良い選手を簡単に出してしまっていいのか・・・補強もいいが、なぜ生え抜きをもっとしっかり育てようとしないのか?阪神フロントのやることはよく分からない。矢野輝は今のところ出場機会に恵まれているが、打率は2割ちょっと。去年、将来のキャッチャーに 育てるべき中谷をとっただろうが・・・その他、選手の起用法など言いたい事は山ほどある。もう来年のスタッフの編成作業に入るらしいが、どうだろう、ここは本当に民間人(ファン)の登用を考えて見ては・・・これはふざけているのではなく私は本当に思う。それに、最後にもうひとつ問題提起!私が野球少年だった時は阪神に掛布という憧れのスターがいた。しかし、今の野球少年は阪神の選手の中で誰一人としてスターと思えるべき選手がいないのではないか!という事だ。それは余りにも哀しい。

<8月15日(土)>  別れと出会い

部屋を整理したらダンボールに入った本が大量に出てきた。置き場に困った事もあり、近くの古本屋さんに買い取ってもらう事にした。元々、物を捨てられない性格で『売るのが惜しい』という気持ちがもちろんあった。せめて、もう1度読んでからにしようかとも思ったが、『内容を覚えてないくらいの本はたいしたことはない』と気持ちを強くし、また、これ以上増やしたら大変なことになるとの思いから泣く泣く『とりあえず保存すべき本』を除いて処分する事にした。その数30冊から40冊。ダンボール1箱に収まった。過去に1度買い取ってもらった経験があったが、だいたい3千円ぐらいかな?と、思っていた。しかし、蓋を開けて見ると6300円の価値が・・・予想以上のお金が手に入った嬉しさはあったが、引き取られた本が何処か寂しげだった。でも、また誰かに読んでもらえるさ・・・と長年可愛がった本に別れを告げ、私は私でまた新しい本と出会いが始まる。
<8月14日(金)>  兄の姿
お盆休みを利用して、秋田から5つ年上の兄と甥(兄の子供)が遊びに来た。会うのは春以来だが家族と一緒に過ごすというのは心が和んでいいものだ。今回は、恐竜好きの息子(小学4年生)を上野の国立博物館で行われている『大恐竜展』に連れて来たのだが、私も同席。『恐竜博物館』の他、浅草花やしき、水上バスにも乗って非常に有意義に過ごした。甥も恐竜の本や浅草でゴリラのお面を買ってもらい『帰ったらこれでみんなを驚かすんだ』と嬉しそうだった。そんな表情を見て兄も連れて来たかいがあったに違いない。思えば私は子供の頃から兄を見て育ってきた所がある。5つ年が離れていた事もあって兄弟というよりも憧れの対象として兄を見ていたのだろう。兄が中学生になって学生服を着た頃から高校入学、大学受験などと大人になっていく過程を見ながら『カッコいいなあ』と思っていたものである。だから喧嘩をすることもなく、今思えば親以上に兄に従順だったような気がする。私も今、こうして人並みの大人になったが、今回、兄が子供と接する場面を見てまたひとつ『いいなあ』と思ってしまた。それにいつまでも兄は兄、弟は弟なんだと・・・・

<8月13日(木)>  野球部員の友達がいない

昨日も高校野球について書いたが、今日も書かせてもらう・・・・実は我が母校日大山形は私の在学中も2回甲子園に出場し2回とも応援に行った。この話をするたびに『うらやましい』と、高校時代に甲子園に縁のなかった人から言われ、今でも高校時代の良い思い出になっている。しかし、残念なことがひとつあった。それは、野球部員に1人も友達がいなかったことだ。ご存知のように日大山形は毎年のように甲子園に出る野球の名門校。県内各地、また県外からも入学する生徒が後を立たない。当然、部員数も多いのだが、我が母校には『野球部員だけ特別にクラス編成されるという』変なシステムがある。つまり野球部員のみのクラスがあるのだ。雰囲気だけでも異様な感じがするが、それが現実なのだ。他にもバスケットボールなど全国に有名な部があるのだが・・・おかげで野球部員とクラスで接する機会がなく、生徒数も多いことがあって接点もなかった。この年になれば誰にでも気軽に話かける事が出来るが、当時はシャイな高校生。何かきっかけがない限りは話も出来なかった。だから応援するにしても直接選手に声をかけられなかったのだ。ましてや野球部のグラウンドは校舎と離れてい て野球の練習さえ見る事がなかった。だから、大会の応援に行ってはじめて『いつも人の弁当をつまみ食いに来るあいつがエースの○○だったのか!』と、顔と名前が一致したこともあった。確かに甲子園に行けるのは嬉しい。しかし、私のようなこんな姿もあるのだ。
<8月12日(水)> 高野連に物申す!
第80回全国高校野球選手権記念大会が甲子園球場で行われているが、今日は、我が母校日大山形高校が第1試合に登場。朝からテレビ観戦したが、石川県代表の星稜高校に1対10の大差で敗れてしまった。今年は春の東北大会で優勝したこともあり期待していたが、とにかく山形をはじめ東北勢は弱すぎる。というか、1回戦は東と西の対決と決まっている事に『弱いと言われる』1番の原因があると思う。春の選抜で優勝した横浜など東も決して弱い訳ではないが、毎年上位に残る学校を見ると西日本の学校の割合が統計的にも多い。つまりレベルの違いがハッキリと表れている訳である。プロ野球や相撲のように優勝しなければ意味がないという世界じゃないのだから、その辺りを1度考慮するべきだと思う。なんか子を持つ親のようなコメントになってしまったが、青森、岩手、宮城、、山形、福島と立て続けに敗れ、あとは秋田の金足農業に期待するしかない。東北の出身者としてどうしても東北の学校には肩入れしてしまう。頼む!楽しみを奪わないでくれっ!しかし、この間テレビの『熱闘甲子園』の中で、『応援スタンドにもうひとつのドラマがある』と言っていたように、例え地元が敗れても見つづ ければきっと何か感じるものがあるはず・・・と思う今日この頃だ。
<8月11日(火)>  こだわりが墓穴を掘る
一人身ながら家で食事する事が多い。と、言っても肉や魚を焼いたりする簡単な料理(?)しか作らないのだが、今日は贅沢にもヒレステーキを焼いた。ステーキにはこだわりがあり、@油は必ずラードを使うA焼き具合はレアで・・・その方が肉の味をより味わえるBソースは使わない。塩と胡椒のみC肉を食べる分、野菜を2倍を採る・・・など、こだわりでもなんでもない事かもしれないが、自分ではこれが一番美味いステーキの食べ方だと思っている。しかし、今日はレアではなく、ウエルダンになってしまった。理由は、単に焼き方を間違えた(笑)のだが、自分自身のこだわりとして、『レアは、生焼けの事を言うのではない。見た目は生焼けでも、中が暖かい!中まで火が通ったものが本当のレアだ』というのがある。間違えはしたものの腹は満たされたが、そんなこだわりを持つ者としては、なんかしっくりこない夕食だった。こだわりを持つのはいいが、こだわりが思わぬ墓穴を掘ることを考えなければと思う今日この頃だ。

<8月10日(月)>  コーディネート 

ホームページをオープンしたのはいいが、背景の色と柄が気になってしょうがない。これでいいものか?見づらくないか?あれこれ考えてしまう。これも長年ラジオ番組主体でやってきたせいだろう。ご存知のようにラジオは顔が見えないメディアで、声さえあれば衣装など一切気にする必要はい。そんな事が多かったこともあり、番組にはいつもジーンズとポロシャツで望んでいた。それに、このシャツにはこのパンツ、あのシャツにはこのパンツというようにパターン化されてしまい、元々服には無頓着な性格が、どうも色覚までもおかしくしてしまうようだ。だから、このホームページを作るにあたって色構成に自分の考えを持っていても、いざ、色を合わせて見ると思っていたものとずいぶん違うものが出来てしまった。徐々に自分の感性で変えていきたいと思っているが・・・・そういえば先日のMX-TVでの高校野球中継を担当した際に顔出しがあったが、衣装は自前。黄色と黒のストライプのポロシャツで望んだが、解説の岡田忠氏のスーツ姿と対称的で、ポロシャツを着ている事で自分が妙に子供っぽく見えてしまった。放送の中のほんの1場面とはいえ、色をはじめとしたコーディネートが自分 の課題かもしれない。

<8月9日(日)>  池中玄太80キロ

過去に録画したビデオテープを整理していたら、『池中玄太80キロ』のビデオが出てきた。私が小学生の頃に放送していた西田敏行主演のドラマで、3人の子持ちの女性(丘みつ子)と結婚した池中玄太が、結婚してすぐに亡くなった奥さんの代わりに3人の子供を育てるという人間愛をテーマにした高視聴率番組だ。なつかしさとともに思わず、ビデオを見てしまったが、これが感動。次女の未来が友達のモノを盗んだ犯人だと決めつけられるが、潔白を主張する娘を守るため玄太が犯人探しを行う・・・玄太は見事に真犯人を見つけるが、玄太のメチャクチャな行動により警察沙汰になる。最後のシーンでは警察に捕まった玄太を迎えに行く娘3人と玄太の対面が・・・・そんな光景を見て思わず涙が出てしまった。そう言えば今はこんな人間ドラマが無くなってしまった。放送するものと言えばトレンディードラマと呼ばれる格好の良さだけを表現しているモノばかり。そんなドラマも視聴率が高いので文句を言うつもりはない。逆にいまさら人間ドラマなんて・・・これが今の世の中なのかもしれないが、同時にテレビを見て久しく泣く事がなくなったのにも気がついた。キレる・・・など若者の感受性な どが問題になっているが、こういうドラマこそが今の世の中に必要なのではないかと思った。
<8月8日(土)>  8月8日は記念日
いよいよホームページがオープンした。と、言ってもほとんど工事中で、今はとてもじゃないけど人に見てもらうほどの内容ではない。徐々に・・・とは思うが、いつになることや。まあ、末永くお付き合い下さい。
さて、今日は8月8日だが、この日になると毎年10年前の今日を思い出す。10年前の1988年8月8日は、横浜文化体育館で藤波辰巳(現:辰爾)vsアントニオ猪木のIWGPヘビー級選手権が行われた日だ。この試合は、チャンピオンの藤波への挑戦権をかけてアントニオ猪木、マサ斎藤、長州 力、木村健悟、ビッグ・バン・ベイダーなどの選手がリーグ戦を行い、勝ち上がった選手が藤波に挑戦するという形で行われた訳だが、ケガからの復帰、体力の衰えなどでボロボロになった猪木がなんとか挑戦権をモノにした。しかし、弟子の藤波は絶好調。猪木は敗れたら引退するだろう・・・という注目の1戦だった。当時学生だった私は迷うことなく会場で試合を観戦。試合は、藤波、猪木ともに譲らぬ白熱した攻防が展開され、60分フルタイムドロー。名勝負でもあり、猪木の精神力と藤波の実力がハッキリと表れた試合だった。防衛した藤波に猪木が最後にベルトを巻いてやるシーンは涙を誘い、今でも私の目に焼き付いているが、弟子が師匠に挑む・・・逆にチャンピオンの弟子に師匠がチャレンジャーとして挑む・・・・結果、弟子が師匠を越えた・・・・そんな人間ドラマがくっきりと表れたシーンだっ た。しかし、それだけではなかった。実はこの日、テレビでスペシャル番組ということで生放送され、藤波vs猪木に限っては、プロレスの実況から離れた古舘伊知郎氏が急遽務めたのだった。中でも藤波vs猪木戦の前に、プロレスの放送席入りした古舘伊知郎氏への観客の歓迎ぶりは異常だった。『大古舘コール』が起こり、プロレスラー以上の声援を送られた古舘氏を見て、『俺もこんな人間になりたい!』そう思い、当時、私がアナウンサーになろうとハッキリ心を決めた出来事でもあったのだ。猪木の勇気とともに・・・

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